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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)74号 判決

原告 エビス食品企業組合

右代表者代表理事 大石守男

被告 公正取引委員会

右代表者委員長 山田精一

主文

本件件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

原告提出にかかる訴状、添付書面、準備書面、(昭和四三年一〇月五日付、同月九日付、同年一一月一〇日付)の趣旨よりすれば、原告は、被告が昭和四二年四月四日付で原告に対して通知した不問に付する旨の決定の取消しを求めるものであり、その理由とするところは、原告は、昭和四〇年七月中旬、独禁法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律を指す。以下同じ)第四五条第一項に基づいて、被告に対し、訴外大洋漁業株式会社及び訴外香川会につき独禁法の規定に違反する事実があるとして報告し、適当な措置を求めたところ、被告より昭和四二年四月四日付で、右申告にかかる事実は、大洋漁業株式会社についてはその存在が認められず、香川会については消滅したとの理由により不問にすることに決定したとの通知を受けた。しかし、右決定は違法であるから取消しを求める、というのである。

ところで独禁法第第四五条は、「何人も、この法律の規定に違反する事実があると思料するときは、公正取引委員会に対し、その事実を報告し、適当な措置をとるべきことを求めることができる。」(第一項)ものとし、「前項に規定する報告があったときは、公正取引委員会は、事件について必要な調査をしなければならない。」(第二項)と定めているが、同法が関係人の個人的利益の保護を直接の目的とせず、一般消費者の利益を確保し、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とし、(同法第一条)、これに照応して前記のごとく、事件の直接の被害者、関係人に限らず広く何人にも違反事業の報告をなしうるものとし、(同法第四五条第一項)一方、公正取引委員会は違反事実については、職権をもって適当な措置をとることができるものとし、(同法第四五条第三項)審判手続開始の場合に、報告者がその手続に関与しうる地位を当然には認められていない(同法第五九条)ことなどから考えると、同法第四五条第一項の報告及び措置要求は、公正取引委員会をして、同条第二項の調査を行なわせることにより、違反事実に対する委員会の排除措置の職権発動を促すにとどまり、それ以上に報告者が被告に対し当該事件について審判を開始し、又はその他の措置をとるべきことを要求する権利を有するものとは解されない。(公正取引委員会の審査及び審判に関する規則第一九条は、公正取引委員会が審査の結果違反とならない旨の決定をした場合の便宜の措置を定めたものであって、報告者に右の権利を認める根拠とはならない。)もっとも独禁法第二五条、第二六条によれば、事業者の同法違反行為によって損害を受けた被害者は、当該事業者に対し無過失損害賠償請求権を有するが、右請求権は、違反行為を認定した審決が確定した後でなければ裁判上これを主張することができないとされているから、被害者が同法第四五条第一項に基づいて報告した事件が審判に付されない場合にはその被害者は、右損害賠償請求権を行使する機会を失なうこととなるけれども、同法の定める審判制度が、もともと公益保護を第一次目的とする立場から、行政的手段によって、同法違反の行為の結果生じた違法状態を排除するための制度であることにかんがみると、審決の確定という事実に右のような特殊な損害賠償請求権の裁判上の行使をかからしめているのは、それによって被害者の救済を容易にするのと同時に、間接に違反行為を防止するという目的から付随的に認められたものというべきであり、また、当該行為が民法上の不法行為にもあたる場合には、審決の有無にかかわりなく、被害者は民法第七〇九条に基づく損害賠償請求権を行使することは妨げないのであるから、審決がなされることにより、被害者が前記の特殊な損害賠償請求権を裁判上行使しうるに至るからといって、そのためとくに審決を求める権利が被害者に与えられているということはできない。してみれば、原告が本訴をもって取消しを求める被告の昭和四二年四月四日付の不問に付する旨の決定は、単に被告が独禁法所定の審判手続を開始するについて有する職権を発動しない旨の通知に他ならず、原告の具体的権利義務に直接影響するところは全くなく、従って行政処分たるの要件を具えていないというべきであるから、これが行政処分であることを前提として、その取消しを求める本訴は、対象を欠く不適法な訴えというほかはなく、右の欠缺は補正することができないと認められるので、民事訴訟法第二〇二条に従って本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき、同法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 緒方節郎 裁判官 小木曽競 裁判官藤井勲は差支につき署名押印できない。裁判長裁判官 緒方節郎)

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